
本谷有希子さんの『生きてるだけで、愛』を再読したので、感想とレビューを書く。
作者 | 本谷有希子 |
発行日 | 2006年7月31日 |
『生きてるだけで、愛』は、2006年7月31日に出版された本谷有希子による小説。
2018年には趣里主演で映画化もされている。
第135回芥川龍之介賞候補であり、単行本が第20回三島由紀夫賞候補になるなど評価も高い作品だ。
ちなみに本谷有希子は、本作の10年後の2016年に『異類婚姻譚』で第154回芥川龍之介賞を受賞している。
あたしってなんでこんな生きてるだけで疲れるのかなあ。25歳の寧子は、津奈木と同棲して三年になる。鬱から来る過眠症で引きこもり気味の生活に割り込んできたのは、津奈木の元恋人。その女は寧子を追い出すため、執拗に自立を迫るが……。誰かに分かってほしい、そんな願いが届きにくい時代の、新しい“愛”の姿。芥川賞候補の表題作の他、その前日譚である短編「あの明け方の」を収録。
引用元
躁鬱病で25歳・無職の寧子は、恋人の津奈木と同棲して三年目。
寧子が鬱から来る過眠症で病んでいるある日、津奈木の元恋人・安堂が訪ねてくる。
安堂は寧子を津奈木の家から追い出すため、寧子にアルバイト先を紹介。
アルバイト先のオーナーや従業員たちは元ヤンのパリピで、うつ病など無縁の人間だが、寧子の事情を知って温かく迎えてくれた。
寧子も元ヤンたちの温かさに自信を取り戻すが‥‥些細なことで元ヤンたちとの間に溝を感じてしまう。
元ヤンたちと自分が決定的に違う人間だと思い知った寧子は、バイト先のトイレを破壊してバックれる。
そのまま津奈木の住むマンションの屋上で全裸になり、津奈木を呼び出し、本音でぶつかり合うのだった‥。
『生きてるだけで、愛』は、ざっくり言うと、メンヘラ女と理解のある彼くんの恋愛小説。
メンヘラ女こと寧子は、躁鬱病で過眠症。理解のある彼くんの津奈木は出版社に勤める社畜だ。
津奈木はガチで理解のある彼くんで、働かず夜まで寝ている寧子の弁当を買ってきてくれて、寧子のヒステリーに言い返すこともなく受け流す菩薩の心を持っている。しかも映画版では菅田将暉。これは全女読者が津奈木に惚れる。
しかし寧子は津奈木のそういうところが気に入らないらしい。物語終盤では、感情をぶつけ合って自分と同じくらいに疲れて欲しい というようなことを言っていた。
寧子のヒスと同レベルで張り合う男は絶対にDV。ヒートアップして警察沙汰になる気しかしないのだが。
寧子には理解のある彼くんの津奈木がピッタリだし、読者も二人が穏やかに暮らしてくれる日がくることを望んでいた。しかし作者が描きたかったのはそういうありふれた結果ではなかったようだ。
この作品を恋愛小説として読む場合、一番気になる部分は、寧子と津奈木の今後についてだ。
バイト先からバックれた寧子は、マンションの屋上で全裸になり、津奈木に「すぐ謝るんじゃなくてあたしと同じだけあたしに疲れて欲しい」と伝える。
そして寧子は、
「あんたが別れたかったら別れてもいいけど、あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生‥‥いいなぁ津奈木。あたしと別れられて、いいなぁ」
と、津奈木と別れてもいいと言うのだが、津奈木はこれにハッキリと答えていない。
ちなみに映画版のキャスト陣は、主演の二人以外が「別れない派」で、主演の二人は「別れるつもり」で演じたらしい。(ソース元)
私もなんだかんだ別れないんじゃないかと思っていたのだが、寧子がしきりに「最後」と言っていたことが気になった。寧子は『津奈木とはこれが最後』と強く決意していたのかもしれない。
しかし寧子と津奈木が出会ったとき、寧子は別れた彼氏の家にずっと居候していたことを思い出してほしい。無職でうつ病の寧子が津奈木の家を出て一人で生活できるはずがない。たとえ別れたとしても寧子は津奈木の家に居座るに一票。
私はこの作品から、分かり合うことの難しさと、分かり合うことの美しさを感じ取った。
寧子はバイト先で【ウォシュレットが怖い】ということに誰も共感してくれないことに絶望していた。
「ウォシュレットに対する共感なんていらんやろ」という感じなのだが、これがウォシュレットではなく、仕事や生き方についての意見を否定されたと考えると想像しやすいんじゃないだろうか。
私も仕事で意見が通らなかった時、この時の寧子と同じような気持ちに陥った。
さすがに寧子が「否定された!」になるトリガーは予想外すぎるが、うつ病ってそんなもん。「え?そんなことで?」ということで落ち込むので余計に理解者は少ないだろう‥。
寧子もウォシュレットでここまで沈む自分を「やばい」と認識しているようで、「あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生‥‥いいなぁ津奈木。あたしと別れられて、いいなぁ」と、自分と別れられないことに苦しんでいる。
前半の寧子の津奈木に対する態度はだいぶムカついたが、読み進めていくうちに寧子の生き辛さが伝わってきて、寧子の態度は苦しみの表れなのだと理解できた。
イメージとしてうつ病とは、職場や学校のストレスや親しい人の死などが原因で発症するものだと思っていた。寧子の場合、うつ病の原因は不明。母親も躁鬱気味だったので遺伝の可能性が高い。
いじめやストレス、大切な人の死など、うつ病になった原因がハッキリしているなら、対策次第で改善するかもしれないが、生まれつきの場合は原因を取り除くこともできないし、かなりキツそう。
こういう人たちの苦しみはもっと認知されるべき。メンヘラを茶化す風潮はなくなってほしい。
誰とも分かり合えず、一生自分の性格(うつ病)とつきあっていくしかない寧子だが、最後の瞬間だけは津奈木とは分かりあえたはずだ。
「あたしはもう一生、だれにも分かられなくってもいいから、あんたにこの光景の五千分の一秒を覚えてもらいたい」
葛飾北斎と富士山の関係性となぞらえて、寧子は津奈木に五千分の一秒を分かってもらおうと、全裸で屋上で熱弁している。
文学的美しさ、葛飾北斎の例え、シチュエーション。全てが美しいシーンだった。これぞ純文学って感じで心が浄化された。
8点/10点満点中
純文学作品ということで、エンタメ性より芸術性が高め。特に屋上のシーンが最高だった。屋上で全裸は劇的すぎる。
映画化したら映えるだろうな〜と思っていたら2018年に映画化。しっかり期待に答えてくれてました。映画もめちゃくちゃいいので未見の人はぜひ!
ただやっぱり、根本はメンヘラ女と理解のある彼くんなので、読む人を選ぶ作品かも。
私たち女が男性作家の作品に都合のいい女性が出てきて萎えるように、男性読者も恋愛小説で理解のある彼くんが出てきたら萎える可能性は大。
男性のうつ病の人が読んでも腹立たしいかも。女は簡単に彼氏に寄生することできるけど(人によるが男性よりかは簡単に寄生先探せるかと)、男性がヒモになるには才能がいるからな‥。男性の生き辛さも書かれている作品が読みたい人には『コンビニ人間』をおすすめしたい。
ってことで、『生きてるだけで、愛』は人を選ぶ作品だが、芸術点高めで美しいお話でした。
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